浄土宗神奈川教区テレホン法話 第936話

中郡組 浄信寺 吉田 健一 未来に希望を見つけること、夢を見ること、私たち人間にとってとても大切なことです。私たちはどんな困難な中にあっても、イマジネーションの世界では自由に生きることができるのです。 逆の言い方をすれば、未来への希望を喪失し、夢を抱くことが出来なくなってしまった時に、人は生きる力も失ってしまいます。 明日が必ずやってくる、そう宣言できる人は誰一人として居ません。ましてや10年や20年先のことは誰にも分かりません。 しかし、人は明日の為、10年後の為、そして20年後の為にと、種を蒔き、水をやり、肥料をあげます。 「どうせ明日なんか来るか来ないか分からないじゃないか」、そんな気持ちになった時に人は刹那的、享楽的な生活に耽るのではないでしょうか。

明日は誰にとっても不確定な未来です。しかし、私たちは意識するにせよ、無意識にせよ、明日に希望をかけ、未来を見つめます。 しかし、「死」という現実が、その希望を、そして、未来を阻みます。 現実をよく考えてみれば、人は必ず死ぬものです。誰もそれを免れるものはいません。多くの人は死を恐れるあまり、「死」という私たちにとって最も確実な未来を忘れようとします。しかし、死は一刻、一刻私たちに近づいてきます。私たちはその恐怖に怯え、現実から目を逸らし続けなければならないのでしょうか?

本当の未来を見るためには、希望を確実なものとするためには、一体どうしたらよいのでしょうか?

そう、私たちが恐れ、目を塞いでいる「死」のその向こうにも、未来を見つけ、希望を見つけるのです。 暗い死の淵を覗き込んでいるその視線を上げてください。
その先には無量に広がる命と光の世界、極楽浄土が広がります。
私たちはどんな困難な中にあっても未来を夢見る想像力があります。
「南無阿弥陀仏」のお念仏は、阿弥陀さまから頂いた希望の言葉です。
お念仏の声を励みに、心の目を開けて、大いなる光溢れる未来へと希望を広げてみましょう。

次回は8月1日にお話がかわります。